第3話 青い薬を飲んでも、僕は勃たなかった
『EDの僕がハプニングバーに行ったら人生が変わった』第3話
前回、10年ぶりに訪れたチャンスを、僕の身体は見事なまでに無視した。
女性が帰ったあと、僕は五階のマットに寝転がり、天井を見つめながら考えていた。
――まさか、自分が。
その事実を、どうしても受け入れられずにいた。
あの日のことが頭から離れない
あれから数週間が過ぎても、彼女の優しい声や困ったような表情、静かに閉まったドアの音が、何度も頭の中によみがえった。
仕事をしているときも、電車に揺られているときも、ふとした瞬間に思い出してしまう。

「俺、もう男としてダメなのか……」
一度そう考え始めると、何をしていても気持ちが沈んでいく。
せっかく美容室へ行き、コンタクトに変え、スポーツクラブやヨガにまで通ったというのに。。。
この絶望的な気持ちを、このまま一人で抱えていることには耐えられなかった。誰かに話を聞いてもらいたくて、僕は久しぶりにあのBARへ向かった。
マスターへの告白
早い時間を選んだおかげで、店内にほかの客はいなかった。
「おや、久しぶりですね。最近来ないから、どうしたのかと思っていましたよ」
マスターは何も聞かず、いつものウイスキーを出してくれた。僕はそのグラスを見つめながら、どこから話せばいいのか分からず、しばらく黙り込んでいた。

「実は……」
ようやく口にした瞬間、胸の中に溜めていたものが一気にあふれ出した。
女性と五階へ行ったこと。10年ぶりに訪れたチャンスだったこと。それなのに、身体がまったく反応しなかったこと。そして最後には、女性が終電で帰ってしまったこと。
マスターは笑いも茶化しもせず、最後まで黙って聞いてくれた。
「そうですか。それはつらかったですね」
僕がうつむいていると、マスターは慰めるように続けた。
「でも、こういうことは珍しくないんですよ」
「え?」
思わず顔を上げる。

「疲れや緊張、プレッシャーでも、うまくいかないことはあります。あまり自分を責めないほうがいいですよ」
その言葉を聞いて、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。
僕だけではない。そう思えただけでも、少し救われたような気がする。
マスターは磨いていたグラスを置くと、周囲を気にするように声を落とした。
「こういうとき、助けになるものもありますよ」
「助け?」
「EDの薬です。使っている人、けっこういますよ」
その言葉に、僕は一瞬身構えた。
薬に頼ったら、男として終わり?
以前、会社の飲み会で、上司たちがED薬について話しているのを聞いたことがある。
そのときの僕は、どこか他人事のように聞きながら、心の中でこう思っていた。
――薬に頼るようになったら、男として終わりだ。

そんな考えがあったため、マスターに勧められても、すぐに素直にはなれなかった。
「薬には頼りたくないです」
少し強がるように答えると、マスターは真剣な顔でこちらを見た。
「そう思っている人ほど、一度きちんと相談してみるといいかもしれませんよ」
その言葉が、胸の奥に残った。
薬を使うことは、本当に負けなのだろうか。それとも、もう一度前へ進むための方法なのか。
BARを出るころには、僕の中に小さな変化が生まれていた。
もう一度だけ試してみたい。今度こそ、男としての自信を取り戻したかった。
魅惑の青い粒
後日、僕は意を決してクリニックへ向かった。
受付を済ませて待合室へ入ると、僕と同じ年代に見える男性が何人も座っている。もっと特別で恥ずかしい場所を想像していたが、実際はごく普通の病院と変わらなかった。

その光景を見て、少しだけ安心した。
診察では、ED治療薬にはいくつかの種類があり、それぞれ効き方や注意点が異なると説明された。僕は医師の話を聞き、指示に従って薬を処方してもらうことにした。

手のひらに載せた青い錠剤は、妙に神々しく見えた。
「これで本当に変わるのか?」
半信半疑ではある。それでも小さな錠剤を見つめていると、失いかけていた希望が少しずつ戻ってくるような気がした。
家に帰り、医師から説明されたとおりに試してみる。しばらくすると身体がじんわりと熱くなり、顔も少し火照ってきた。
しかし、それ以外には何も起こらない。
「まさか、僕には効かないのか……?」
不安になりながら軽く刺激してみると――。
「おおっ……!」
久しぶりに、息子が力強い反応を見せた。硬さも存在感も、まるで20代のころに戻ったようである。
僕は思わず笑ってしまった。
「すごい。本当に効いた!」

先日の絶望が、急に遠い出来事のように思えてくる。
ありがとう、青い粒。
僕は、まだ終わっていなかった。
いざ、リベンジへ
青い粒という心強い味方を手に入れた僕は、再びBARの扉を開けた。
店内にはほどよく客が入っており、賑やかすぎず、静かすぎない。誰かと話をするには、ちょうどよい雰囲気だった。
前に会った女性が来ていたらどうしよう。
そんな考えが一瞬頭をよぎる。しかし、もし会えたなら、今度こそリベンジすればいい。
今日の僕には、青い粒がある。
カウンターでグラスを傾けていると、隣に座っていた男性が気さくに話しかけてきた。

「ここ、よく来るの?」
「いえ、最近来るようになったばかりです」
「俺も。表の『大人の出会い』って看板が気になってさ」
「分かります。あれ、気になりますよね」
僕たちはすぐに意気投合した。しばらく話したあと、男性は反対側に座っていた女性を僕に紹介した。
「彼女も一緒なんだ」
「彼女さんと来ているんですか?」
女性は笑顔で軽く会釈した。落ち着いた雰囲気の、とてもきれいな人だった。
こんな女性と二人でBARへ来られるなんて、うらやましい。そう思いながら二人を眺めていると、男性が何でもないことのように口を開いた。
「このあと、三人で上に行かない?」
「えっ?」
意味を理解するまでに、数秒かかった。
三人で上へ行く。
つまり――そういうことだ。
「彼女を楽しませてあげてよ」

そんな展開が、現実にあるのか。僕はグラスを持ったまま固まってしまった。
けれど同時に、胸の奥から別の声が聞こえてくる。
――こんなチャンス、二度とないかもしれない。
しかも、今日の僕には青い粒がある。
「分かりました」
緊張を隠しながら、僕は小さくうなずいた。
僕には、青い粒がある
三人で階段を上がっていると、先を歩いていた男性が振り返った。

「三人は初めて?」
「はい。初めてです」
「いいじゃない。特別な体験になるよ」
僕の前を歩く女性は、不思議なくらい落ち着いている。一方、僕の心臓は、階段を一段上がるたびに速くなっていった。
大丈夫。僕には青い粒がある!。

五階へ着くと、すでに何組かの男女がいた。
「俺は最初見てるから、はじめて!」
「あっ、。。。はい。」
部屋の空気に圧倒されながらも、僕は女性との距離を少しずつ縮めていく。
しかし、視界の端には彼女のパートナーが部屋の隅に座り、こちらをじっと見つめている。

集中しよう。気にしてはいけない。
そう自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、初めての誰かに観察されてのSEXに視線が気になった。
そして、いよいよという瞬間――。
僕の身体は、またしても沈黙した。
薬を飲んだのに
「えっ……?」
頭の中が真っ白になった。
薬は飲んでいる。家では、確かに反応した。それなのに肝心なときに限って、僕の身体はまったく言うことを聞いてくれない。
「頼む。今度こそ……」
必死に願ってみても、焦りが強くなるほど身体は遠ざかっていく。
女性が心配そうに僕の顔をのぞき込んだ。
「どうしたの?」

「ちょっと待って。すぐに大丈夫になるから」
自分自身に言い聞かせるように答えた。女性も手を貸してくれたが、それでも何も変わらない。
背中を、冷たい汗が流れていく。
薬さえ飲めば、すべて解決すると思っていた。青い粒さえあれば、もう二度と失敗しないと信じていた。
けれど、現実はそれほど簡単ではなかった。
しばらく黙って見ていた男性が、ゆっくりと立ち上がる。そして、落ち着いた声で言った。
「ダメそうだね。あとは俺がやっておくから」
その言葉を聞いた瞬間、全身が凍りついた。
「すみません……」
かすれた声で、それだけを絞り出した。
40歳、ED男として完成する
BARを出た僕は、夜の街を一人で歩いた。
ついさっきまで希望の象徴だった青い粒が、今は僕をあざ笑っているように思える。
駅に着くと、力が抜けるようにベンチへ腰を下ろした。薬を飲んでもダメだったという事実が、頭の中を何度も巡る。
深いため息が漏れた。

これ以上、いったい何をすればいいのだろう。もう、こんな思いはしたくなかった。
女性の前で期待され、焦り、失敗し、最後には謝る。そんなことを繰り返すくらいなら、最初から何もしないほうがいい。
こうして、10年以上セックスから離れていた僕は、晴れて「40歳のED男」として完成したのである。
この日を境に、僕はBARへ行かなくなった。女性とも、性とも距離を置き、その生活は一年に及んだ。
ただ、このときの僕は、まだ知らない。
男としての自信を完全に失ったその先に、「別の方法で女性を満たす」という新しい扉が待っていることを。
――第4話へ続く

※ED治療薬を使用する際は医療機関を受診し、医師の指示に従ってください。