連載

【5話】挿入しない90分が、僕を変えていった

hahaha3

愛菜さんから言い渡された、二つのルール。

「挿入は、絶対にしないこと」

これは問題ない。むしろ好都合。

そして、もう一つは――。

「最終のお客さんとして来ること」

「最終?」

僕が聞き返すと、愛菜さんは少し照れたように笑った。

「感じるスイッチが入っちゃうと、そのあとの仕事がつらいから」

なるほど。

僕が中途半端な時間に彼女のスイッチを入れてしまうと、そのあと愛菜さんは、何事もなかった顔で次のお客さんをマッサージしなければならない。

それは、なかなかの苦行だ。

こうして僕は、毎週決まった曜日の最終客になった。

90分間の逆マッサージ

最終の時間にお店へ行く。

部屋に入り、いつものマットレスに横になる。

ところが、愛菜さんが僕をマッサージするのは最初の15分だけ。

途中から役割が入れ替わり、残りの時間は僕が愛菜さんをマッサージする。

「挿入せずに、女性をどこまで満たせるのか」

これまでの僕にとって、SEXの中心は挿入だった。

勃起は女性を満足させるための絶対条件だと、ずっと、そう思っていた。

僕の意識は、自分の勃起ではなく、目の前にいる女性の反応だけに集中するようになった。

女性の身体は、言葉より正直だった

最初の頃は、何をしていいのか分からなかった。

例の本を枕元において その通り忠実に再現をしてみた。

愛菜さんの反応を見ながら、少しずつ触れ方を変えていった。

同じ場所に触れていても、手の速さや力の入れ方によって、反応がまったく違う。

少し強くすると、身体に力が入る。

ゆっくり触れると、吐息が変わる。

気持ちがいいときには、呼吸が深くなる。

さらに心地よくなると、彼女の体がわずかに動く。

その小さな変化が、だんだん分かるようになっていった。

「今の触り方、どう?」

僕が聞くと、愛菜さんは目を閉じたまま答えた。

「悪くないけど……もう少しゆっくり」

言われた通り、動きを遅くする。

すると、彼女の肩から力が抜けた。

「あっ、それ。そっちのほうが好き」

その言葉を聞くたびに、僕の中で何かがつながっていった。

教科書に正解があるのではない。

目の前の女性が、正解を教えてくれているのだ。

自分の快感より、相手の反応

気づけば僕は、愛菜さんの小さな反応を探すことに夢中になっていた。

吐息を漏らす瞬間。指先に力が入る瞬間。

身体がわずかにくねらせる瞬間。

その一つひとつを見つけるたびに、

「もっと気持ちよくできるかもしれない」

という気持ちが湧いてくる。

自分が触られているときよりも、愛菜さんを気持ちよくしているときのほうが、僕の中にアドレナリンが流れていた。

そこに、勃起しているかどうかは関係なかった。

というより――。その時間、自分が勃っていたのかどうかさえ、僕はほとんど覚えていない。

以前の僕なら、数分おきに下半身を確認していただろう。

「まだ勃っているか?小さくなっていないか?」

そんなことばかり気にしていたはずだ。

しかし今は違う。

僕が見ているのは、自分ではなく愛菜さんだった。

勃起のことを忘れたとき、僕は初めてSEXの中にいる女性を見たのかもしれない。

一年間の秘密の授業

そんな『逆メンエス』は、毎週続いた。

愛菜さんの身体を通して、僕は少しずつ女性の反応を覚えていった。

フエザータッチを意識すること。

急がないこと。

いきなり刺激の強い場所へ行かないこと。

そして、相手の呼吸や身体の動きを感じ取ること。

愛菜さんは、ときどき僕の手を止めた。

「今のは少し強い」

「そこは指先じゃなくて、手のひらで」

「いい感じ。今は変えないで」

「気持ちよさそうにしていたら、そのままでいいの」

女性から直接教えてもらわなければ、僕は触れられる女性の気持ちを一生知らなかったかもしれない。

こうして一年が過ぎた頃。

僕はもう、以前の僕ではなくなっていた。

勃たない自分を責め続けていた男が、女性の反応を見つけることに喜びを感じる男へと変わっていた。

突然の別れ

その日も、いつものように最終の時間に店を訪れた。

しかし愛菜さんは、どこか寂しそうな顔をしていた。

施術の途中、彼女が静かに口を開いた。

「実は……今日が最後なんです」

「え?」

「大学を卒業して、四月から地元の福岡で就職することになって」

一瞬、言葉が出なかった。

毎週会えることが、いつの間にか当たり前になっていた。

「そっか……おめでとう」

どうにか言葉を絞り出した。

「でも、寂しくなるな」

もっと気の利いた言葉を言いたかった。

けれど、その二つしか出てこなかった。

愛菜さんは少し笑って、

「柾木さんなら、もう大丈夫ですよ」

と言った。

「僕が?」

「うん。最初に来たときと、全然違うから」

僕は、愛菜さんとの時間の中で沢山のことを学んだ。

女性の身体には、挿入以外にもたくさんの快感があること。

そして、相手の反応を見ながら触れることの面白さ。

愛菜さんとの最後の時間が終わり、僕は店を出た。

寂しさはあった。

しかし、以前のような絶望はなかった。

僕の中には、別の気持ちが生まれていた。

――もっと上手くなりたい。

愛菜さん一人の身体だけではなく、もっと多くの女性の反応を知りたい。

そして、いつか――。

手と口だけで、挿入を超える快感を与えられる男になりたい。

そのためには、たくさんの女性が集まる場所へ行き、一人ひとりの違いを実際に知る必要があった。

では、そんな経験を積める場所が、どこにあるのか。

そう考えたとき、僕の頭にはあの場所しか思い浮かばなかった。

かつて、二度の敗北を味わった場所。

もう二度と行かないと決めた、あのBARだった。

逃げ出した男が、二年ぶりに戻る。

今の僕には、愛菜さんとの時間で身につけた技術がある。

僕のスキルが、ほかの女性にも通用するのか。それを確かめたい。

自分の技術を試すために。

かつて僕に敗北を突きつけたあのBARが、今度は――

女性の身体を学ぶ「実践教室」になる。

――第6話へ続く

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