連載

第2話 10年ぶりのSEXで、僕は勃たなかった

hahaha3

小雨の夜に

その日は夕方から、小雨が降っていた。僕はいつもより少し早い時間にBARへ向かった。

雨のせいか、店内に客の姿はなく、カウンターの中にマスターがいるだけだった。僕は端の席に座り、ウイスキーを飲みながら、静かな時間を過ごしていた。

グラスが半分ほど空いた頃、入口の扉が開いた。

入ってきたのは、三十代半ばくらいの女性だった。雨に濡れた薄手のコートを脱ぎ、カウンターの端へ腰を下ろす。髪には、まだ小さな雨粒が残っていた。

僕は一瞬だけ彼女を見て、すぐに視線をグラスへ戻した。

気にならないふりをしていたが、気になって仕方がない。

静かな店内で、マスターが口を開いた。

「今日は雨ですから、静かな夜になりそうですね」

女性は軽く笑った。

「そうですね。でも、静かなのも悪くないです」

二人の会話を横目で聞いていると、マスターが突然、僕に話を振った。

「こちらの彼も、静かに飲むのが似合う方なんですよ」

突然の紹介に、僕は顔を上げた。女性がこちらを向き、柔らかく微笑む。

「そうなんですか。では、せっかくだから一杯付き合ってもらおうかな」

——さすがマスター。神アシストだ。

「あ、もちろんです」

平静を装いながらグラスを持ち、僕は彼女の近くへ席を移した。

「こうしてBARで飲むの、久しぶりなんです」

彼女が言った。

「普段は、あまり外で飲まないんですか?」

「なかなか時間が取れなくて。でも、明日は休みなんです」

「休みの前日の夜って、少し特別に感じますよね」

僕がそう言うと、彼女はグラスを指先でゆっくり回した。

「特別……そうですね」

少し間を置いて、彼女が続けた。

「特別なことをしてもいいかもしれませんね」

彼女の身体が、わずかにこちらへ近づいた。

一瞬、言葉の意味を理解できなかった。

しかし、すぐに心臓が大きく鳴り始めた。

これは、もしかして——。

「もし迷惑でなければ、僕でよければ……付き合います」

何に付き合うのか、最後まで言葉にする必要はなかった。

彼女は微笑み、マスターへ視線を送った。

マスターは何も言わず、静かにうなずいた。

「行きましょうか」

彼女は席を立ち、店の奥にある階段へ向かった。

僕は、その背中を追いかけた。

何度も見上げていた階段を、ついに自分が上っている。

期待と緊張で、胸が激しく高鳴っていた。

十年ぶりの機会

BARのある階から専用の階段を上ると、カップル専用のフロアがあった。

扉を開けると、床にはマットレスが敷かれ、隣のスペースとはカーテンで仕切られていた。

その夜は、僕たち以外に誰もいなかった。

「貸し切りみたいですね」

彼女が笑った。

「先にシャワーをどうぞ。私は後で入りますから」

僕はシャワールームへ入り、扉を閉めた。

——ついに、このときが来た。

SEXなんて、十年ぶりだ。

長い間忘れていた感覚が、一気によみがえってくる。

うれしさと緊張で、頭の中はいっぱいだった。

シャワーを終えて部屋へ戻ると、彼女がマットレスに座って待っていた。

「お待たせしました。次、どうぞ」

彼女は立ち上がり、入れ替わるようにシャワールームへ入っていった。

やがてシャワーの音が止まり、彼女が戻ってきた。

「お待たせしました」

彼女は自然な動作で、僕の隣に座った。

距離が近づき、身体のぬくもりが伝わってくる。

「特別な夜、期待していますね」

彼女が小さな声で言った。

僕は彼女の身体に、そっと触れた。

彼女の指先も、僕の身体へ伸びてきた。

ところが——。

何も起こらなかった。

——あれ?

胸は高鳴っている。

目の前には、魅力的な女性がいる。

彼女の身体に触れ、触れられている。

それなのに、肝心な部分がまったく反応しない。

焦れば焦るほど、身体は遠ざかっていった。

「ゆっくりでいいですよ」

彼女は優しく言ってくれた。

「ごめん。なんだか……うまくいかなくて」

「大丈夫?」

その声には、まだ優しさがあった。

「もう少しすれば、大丈夫だから」

僕は自分に言い聞かせるように答えた。

彼女も、いろいろと手伝ってくれた。

しかし、どれだけ時間が過ぎても、僕の身体は彼女の期待に応えてくれなかった。

「こういうこと、誰にでもありますよ」

彼女はそう言うと、静かに立ち上がった。

「シャワー、浴びてくるね」

先ほどまでの空気が、少しずつ冷めていくのが分かった。

シャワーを終えた彼女は、黙って服を着始めた。

その仕草は淡々としていた。

着替えを終えると、彼女は振り返った。

「今なら終電に間に合うから、私、帰るね」

僕は、何も言えなかった。

「うん……」

それだけ答えるのが精いっぱいだった。

扉が閉まる。

部屋に残されたのは、完全な静寂と、動かなかった僕の身体だけだった。

僕はマットレスに横たわり、天井を見つめた。

十年ぶりに訪れた機会だった。

女性を前にすれば、身体は自然に反応するものだと思っていた。

しかし、現実は違った。

——俺、もう男としてダメなのか。

悔しいというより、信じられなかった。

何もできないまま時間だけが過ぎていく。

やがて僕は、逃げるように服を着て、階段を下りた。

あの夜以来、彼女の最後の表情と、静かに閉まった扉が、何度も頭に浮かんだ。

そして数週間後。

僕は、この夜のことをマスターに打ち明けるため、再びBARの扉を開けた。

そこで僕は、初めて「青い薬」の話を聞くことになる。

第3話に続く

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